~独り~

そこはかとなく、とりあえず、独白体のストーリーもどき

駆込訴え もどき

旦那様、旦那様、お願いで御座います、お願いに御座います。

今日という今日こそは、妾(わたく)しの、唯一のこの願い、お聞き入れになって下さいましな、え、お前の願いは叶えてやっているだろう? ええ、些細な、つまらぬ、目くらましの様な、妾しにとってはどうでもよく、旦那様の世間体が保たれ、評判が上がりますような事は、常々叶えて下さって頂いておりますとも、それはそれで妾し、感謝いたしておりますし、旦那様は寛容なお方だ、と思っておりまするから、こうしてお願いに上がったので御座います。

旦那様、お聞き下さるのですね、では恐れながら申し上げます、旦那様、今日という今日こそは、この戒めを、十五年間、妾しが耐えに耐え抜いたこの戒めを、解いて下さいましな、それはもう、この十五年間、妾し、辛くて辛くて、こんな非道い仕打ちがあるものなのか、これが世間でいう所謂愛なのかと、耐えて、耐えて、耐え抜いて参りましたが、もう我慢できませぬ。

朝は誰よりも早くに起きて、朝餉の支度から家中の掃除、旦那様のお召し物の用意、玄関を掃いて、家の前の路を掃き、ご近所さんに媚びへつらい、小さいとはいえ庭の手入れをし、旦那様のご機嫌を伺い続けて、旦那様がお仕事へお出かけになると、ほっとする暇もなく、伸べた床を上げ、洗い物をして、お洗濯をして、旦那様のお言い付けになった新聞の記事をスクラップし、やっと軽く食事を致しますと、また洗い物。

テーブルを片付け、また掃除をして、お風呂を掃除し、洗濯物を干して、買い物に出掛けますと、昼も過ぎておりまして、夕餉の献立に頭を悩ませ、如何に安くて旦那様にご満足頂けるか、ああ、もう柿が売っている、秋刀魚が売っている、などと、スーパーの陳列棚で季節を感じる始末に御座います。旦那様は和食がお好きで御座いますから、妾しがシチューが食べたい、などと思っておりましても、朝餉に夕餉はお味噌汁。昨日は白和えでしたから、今日は胡麻和えにしようかしら、妾しの悩みなど、旦那様には取るに足らない事で御座いましょうとも。

ですが、毎日の事なのです、買い物をすませ、夕餉の支度に取り掛かりながら、干した洗濯物を取り入れ、お風呂の支度をし、旦那様が湯上りにお召しになる、夏は甚平、冬は作務衣を用意しておりますと、不意にお客様がいらっしゃったりして、その方がたとえ旦那様の情人であろうとも、妾しは不快な顔をしてはなりませぬ、旦那様の恥となりまするから、笑顔でおらねばならないのです、何時でしたか、外にお囲いになっていらっしゃる若いお嬢さんがお見えになられた時、お子様が出来たので認知して頂きますから、等というお話をなさいまして、妾し、倒れそうになりながらも、笑顔で、旦那様がお決めになる事で御座いますから、と息も絶え絶え、申し上げるのが精一杯で御座いましたわ。

それは兎も角、夕方になりますと、旦那様の秘書の方からお電話を頂戴致しまして、旦那様のご帰宅の時間を告げられ、お戻りが早かろうが遅かろうが、妾しには安堵という言葉は御座いません、お早ければ夕餉にお風呂、その後のお酒の支度、床を伸べて旦那様がお休みになるまで、いえ、お休みになってからも一人、片付けをし、やっと眠れるので御座いますし、遅くなられましても、お茶漬けを用意して、旦那様のお体から安物の香水の匂いと石鹸の匂いが致しましても、嫌な顔など出来ず、笑顔で、旦那様のお話をお聞き致しまして、床を伸べ、お休み頂くのです。

こんな非道い仕打ち、この世に有りましょうか、この世で一番非道い仕打ちには御座いませぬか、妾し、十五年間、耐えて参りましたが、もう我慢できませぬ、ああ、もう嫌に御座います、耐えられませぬ、耐えられませぬ!

旦那様、旦那様、お願いに御座います、この戒めを、この荊棘の様な、いえ、そんな生易しいものではありませぬ、無間地獄の様な戒めを、お解き放ち下さいましな。

ええ、左様に御座います。

離婚して頂きとう御座います。

旦那様は寛容な方で御座いますから、勿論、離婚して下さいますわよね?