~独り~

そこはかとなく、とりあえず、独白体のストーリーもどき

悪所

 おや、主(ぬし)さん、何でありんしょう、……わっちの愚痴を聞いてみたい、ほんに主さんも変わったお人でありんすなぁ、解りぃした、主さんにだけ、わっちの思うところをお聞かせ致しんしょう。

 わっちは悪所に居る身でありんすから、この様な事、言える立場じゃないのは重々承知でありんす、けれどこの際、主さんのお言葉に甘えて言っちまいますけどね、地女(ぢおんな・素人、一般女性)が春をひさぐってぇのは、一体、どういう了見なんでありんしょう、わっちはどうしても納得出来ぃしんせん。

 この世の中、色んな私娼が居る様でありんすけど、まぁ、船饅頭(ふなまんじゅう・船の中で客を取る)や夜鷹(よたか・川原などでゴザを敷いて客を取る)なぞはわっち達の成れの果て、落籍(ひ)かれもせずに放り出されて、明日は我が身……、と思う処もありんすが、無残に殺された、何て話が嫌でも耳に入ります故、やはり危のうありんすねぇ。

 旅籠(はたご)の飯盛女(めしもりおんな・指定の宿場の旅籠には何人かの客を取る女性を置く事が出来た)はお上がお許しになっている場所なら安心でありんしょうけど、そうじゃありんせん場合や岡場所(おかばしょ)なぞは、何時、取り締りがあるか解りはしんせん、湯女(ゆな・銭湯で客を取る)にしたって、そうでありんしょう、春をひさぐには、それなりの覚悟と安心がなきゃあ、出来ぃしんせん。

 ああ、安心ってぇのは、お互いの理解でありんすよ、主さんも、此処の遊び方を承知の上で、わっちに上がって下さってるんでありんしょう、それに此処には、男衆(おとこしゅ)もありんすから、何か事があれば、主さんもわっちも、男衆に管を巻きゃあ、その場は何とか収まるって塩梅にありんす、まぁ、何も無いのが一番でありんすけど、ね。

 綿摘(わたつみ・表向きは綿を摘んで糸にする商売だが隠れて客を取る)もそうでありんすねぇ、隠れ蓑で隠し通せるものじゃありんせんよ。

 此処は高いじゃないか、って、そりゃあ主さん、此処にも色んな見世(みせ)、色んな花魁(おいらん)・女郎(じょろう)が居るじゃありんせんか、けころに鉄砲の羅生門河岸・浄念河岸なんかは最下級でありぃすけど、小見世はまぁそれなりでありんしょうし、交じり見世(中見世)あたりだと、呼び出し(その見世の最高クラスの花魁)でも、茶屋を通さずに上がる事も出来るじゃありんせんか、大見世でもこのご時勢、昼見世を張ってる程度の女郎なら、それなりの遊びも出来るってもんでありんすよ。

 お前には敵わないな、とは、主さんも異な事を。

 あああ、そうだ、提げ重(さげじゅう・重箱を持って店屋物の配達を装い客の家へ行き春をひさぐ)ってのが、わっちは一番許せやしんせん、危ない事この上ない、そうでありんしょう、春をひさぐなら、堂々と、悪所でひさぎゃあいいんです。

 開き直りかい、何て、野暮な事は口にしないでおくんなましな、此処は年季(ねん)の檻、わっちは何とか昼三(ちゅうざん・花魁の位)でありんすけど、悪所の徒花ってのは百も承知でありんすよ。

 でもね、主さん、悪所がありぃすから、地女が真っ当に居られるってもんでありんしょう?

 わっちは悪所に居る身でありんすけど、意地と誇りがなきゃあ、やってられはしんせん、それがない女郎には、ね、お金を落とす価値ってものがありはしんせん。

 ……それでも男の方ってぇのは、ないものねだりをなさいますから、私娼が絶えないんでありんしょうねぇ。

 え、御内儀はどう思うか、でありんすか?

 そりゃあ主さん、悪所の女に訊ねる事ではありんせんよ。

 御内儀が春をひさぐ悪所の女と変わらない、それはまた、滑稽な。

 御内儀ってぇのは、何も褥(しとね)を共にするだけではありんせん、夫の為、家の為に、目立たぬように働くのが本分ってもんじゃありんせんか、悪所の女や私娼と同じにするのは筋違いってもんでありんしょう、野暮の極みでありんすよ。

 おや、お酒がもう切れちまいましたねぇ、もう一本、如何にありんすか、お引け(床に収まる)の前に、わっちにお酌しておくんなさいましな、何だか遣りきれなくなっちまいましてねぇ、悪所に居る身でも、こんな夜は主さんに甘えとうありんす。